交流戦終了

交流戦終了

交流戦も終了しました、皆さんの応援しているチームの成績はどうでしたでしょうか。8年目にして初めてセ・リーグのチームが優勝し、通算成績もほぼ五分。これまで交流戦の度にセ・リーグは弱いと言われ続けていましたが、少しはそのイメージを払拭できたのではないでしょうかね。

我がカープは、6位とギリギリAクラス。2009年の3位には届きませんでしたし、1つ負けが先行していますが、それでもAクラス。そしてセ・リーグ内で3位ですからまずますの結果ではないでしょうか。だって昨年は……ですからね。

さて、交流戦は調子を落としていたチームがここで盛り返したり、逆に不調に陥ったりと、ペナントレースにおける大きなポイントになっていますよね。

実際、交流戦で上位に入ったチームがそのままペナントでも……という事が多いです。数字的にはペナント144試合のうち、24試合が交流戦。約17%を占めますから、ここで勝利数を積み上げておけば有利だというのはその通りですが、それ以外の要因も絶対にありますよね。

そういえば、ペナントレースが144試合になって7シーズン目ですね。私の世代だと、今でもプロ野球は130試合のイメージが強くて(笑)
セ・リーグでは1953年から、パ・リーグでも1966年から97年までずっと130試合でしたから。
ちなみに、ペナントレースの試合数が一番多かったのは?

正解は2005、2006年の146試合。と思われる節がありますが、実は1956年のパ・リーグは154試合だったのです。

さて、この1956年のパ・リーグはどんなシーズンだったのか振り返ってみます。
参加球団は、西鉄、南海、阪急、毎日、近鉄、東映、大映、高橋の8チーム。

今、そのまま残っているチームはありませんね。
ちなみに、西鉄は現在のライオンズ、南海はホークス、阪急と近鉄がバファローズ、大映と毎日と高橋はマリーンズ、東映はファイターズの前身です。

当時はドーム球場なんてありませんから、雨天中止も多かったでしょうし、どうやって日程を消化していたのかというと、火・水・木に試合、金に移動、そして土日はダブルヘッダーで月曜に移動を繰り返していたそうです。
交通手段も現代とは雲泥の差ですから、相当ハードなスケジュールですよね。
さらに、予備日も長く組まれていて、10月半ばまで公式戦をやっていて、日本シリーズの一方、消化試合も行われていたと(笑)

ただ、この時代は1試合の時間も短く、この年のパ・リーグの平均時間は2時間2分ですから、ダブルヘッダーも組みやすかったのでしょうね。

と、ここまで書いて驚いた事が一つ。ダブルヘッダーを知らない人がいる!!!!
まあ、最後に行われたのが98年ですから、もう14年前です。

今はドーム球場が増え、日程も順調に消化できますからシーズン終盤の「死の○連戦」なんていうのも聞かなくなりましたね。
選手には申し訳ないですが、こういう過酷な日程がドラマを生んだりもしたのですよ。
例えば、88年のパ・リーグの終盤はめちゃくちゃな日程になっていますからね。
バファローズは10月7日から19日までで15連戦(ダブルヘッダー2回)、ライオンズも
16日まで10連戦という厳しい日程で優勝を争っていましたから。
それが、あの10.19というNPB史上に残るドラマを生みだしたのでしょう。

今年はどんなドラマが待っているのか楽しみです。もちろん、我がカープがこれから大躍進、大逆転というドラマに決まっていますけれどね!!

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